★【医療を問う 第5部】(6)医師も間違える

「医療従事者への教育だけで医療の安全を確保することは不可能。
医療事故を起こさないシステムの導入が必須」

質と安全確保

 昨年11月23、24の両日、東京都内で開かれた
「医療の質・安全学会」の第1回学術集会で、
理事長の高久史麿(たかく・ふみまろ)自治医科大学長は
、欧米に比べ遅れている医療の質・安全に関する
科学的研究の必要性を強調した。

 参加者は医療関係者だけでなく、
工学、心理学、経済学、法律の専門家、行政、患者など多岐にわたっていた。

 医療の安全に対する本格的な取り組みが
日本で始まったのは平成11年1月。

患者を取り違え、必要のない外科手術を行った
横浜市立大学付属病院の事故がきっかけだった。

 事故につながりかねないエラー報告を集め分析し、
医療現場を改善していく「インシデント・レポート」や、
病院に内在するリスクを減らす「リスク・マネージメント」の
取り組みが始まった。

 同じ年の11月、
米国で「To Err is Human(人は誰でも間違える)」
(邦訳は日本評論社が発行)と題する報告書が刊行された。

それによると、コロラド州とユタ州の調査結果を97年の
全米の入院患者に当てはめた場合、
毎年少なくとも4万4000人が医療過誤で死亡しているというのだ。

自動車事故死者数の4万3458人を上回る、衝撃的な数値だった。

 医療界が「医師も看護師も間違えない」としてきた
権威づけを否定。「医師も看護師もエラーを犯す」と
認識したうえで、医療事故をなくすための抜本的な改革と、
医療界にとどまらない社会的な取り組みを提言した。

社会の協力不可欠

 医療の質・安全学会の副理事長、
上原鳴夫・東北大学大学院教授(国際保健学)は
「日本の病院は医療事故が起きたとき、事故を隠さず患者に謝罪し、
必要な調査を行って再発防止を行うという課題に取り組んできた。

今後は病院だけでなく、さまざまな分野の研究者、
関連業界、行政、市民などが互いに協力し知恵を出し合い、
エラーが起きにくい、エラーが起きても患者に重篤な危害を与えない
医療システムづくりに、一刻も早く着手する必要がある」と指摘する。


 「現状のままでは医療事故は減らない」。
医療過誤訴訟などのために鑑定意見書を書いてきた
医療従事者の民間団体「医療事故調査会」の
代表世話人、森功医師は最近そう考えている。

 根拠の一つは、調査会に鑑定依頼された10年分の医療事故データ。
13年度以降、過誤と判断した事故は約75%、
過誤による死亡と判断した事故は46%で下げ止まった。

 もう一つは、森医師が理事長を務める
医療法人医真会(大阪府八尾市)の病院で発生するエラーの発生頻度。
専従の医師と職員を置いた監査機構を置き、
病院内の医療事故を詳細に分析し改善を繰り返してきた。
だが4年目以降、1床あたり年間約1.5件から下がらなくなった。

 来月17、18の両日、大阪国際交流センター(大阪府天王寺区)で
日本予防医学リスクマネージメント学会の学術総会と合同で、
医療事故調査会のシンポジウムを開く。

やはり医療関係者にとどまらず、さまざまな立場の人が集う予定だ。

 「医療事故の原因をいま以上に減らすことは、医療者の取り組みだけでは不可能。

患者である市民も巻き込んで、社会的な医療システムを考え、実践していく必要がある」。

森医師はそう話している。



 この連載は石毛紀行、長島雅子が担当しました。

(2007/02/15 08:31)